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第百十話・ジャパニーズSeX『女が中でいくために』源氏物語より竹取物語になるべし

 女は、またベッドの上でウソをついた。男は荒い息を吐きながら「いったか?」と聞いた。だから女は「いく、いく……」と声を出して、のけぞって見せた。それに男は満足したように、最後のピストン運動をして、自分だけいった。

 女は、男を見送った後、なぜ自分は正直になれないのだろうと思った。カラダが寂しがっているというのに、どうしてウソをついて演技するのかと悲しくなった。

 男に綺麗と言われたくて化粧をし、男に可愛いと言われたくて衣装を選ぶ自分。男に気にいられたい自分と、男に正直になれない自分。この二つの自分が、寂しさを作っているのだと思った。

 でも、愛があるのだから仕方ないと思った。愛を失わないために、多少の演技をしても仕方ないと思った。

 街でみつけた超セクシーな下着。一度でいいから身に着けてみたいと思った。それを身につけたなら、どんなに感じるだろうかとワクワクした。けれども彼氏が何ていうか……それを思ってあきらめた。それから前の彼氏とした拘束プレーを、今の彼氏とやったならどんなに感じるかと思った。思ったけれど、今の彼氏はマジメが取り柄で、そんなことを言ったら呆れられるだろうと、あきらめた。(Photo/Furuse Model/Luliha)

 男の求める自分を見せて、彼氏の喜ぶ自分を演じる、たとえウソをついても男の求める女でいようとする、愛を大切にする自分……けれども、男とのSeXで『中でいく』ことがない――挿入でオルガスムスに達せない、寂しい自分。

 女は、その悲しさと寂しさを打ち消したくて、今夜も自分で自分をいかせることにした。 

 鏡の前に椅子を持ち出して、ハダカのままそこに腰掛けた。そして乳首を指でなぞった。そうして自分のカラダを愛撫する自分を鏡で眺めた。なんて綺麗なのだろうと思った。思ったのと同時に、ヴァギナが雫を垂らして、いやらしい音をたてた。

 それから花弁を左指で開いて、陰核を剥き出しにした。その小さなポッチに、マッサージオイルをつけた。そうしてクリトリスを右指で愛撫して、喘(あえ)いでいる自分を鏡で眺めた。

 最後に椅子の縁に、クッションを二つ折りにして置いて、そこにヴァギナを押し付けた。すると一気に快感が昇りつめ、カラダの芯に律動が走った――愛する男の中でいけなかった自分が、今夜も自分で自分をいかしたのだった。

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 上の即興小説が、『源氏物語』か『竹取物語』かといえば、源氏物語であり、源氏物語の女の中でも、おそらく『紫の上』である

 かぐや姫というヒロインをもつ竹取物語。光源氏というヒーローをもつ源氏物語。いずれも恋愛をテーマにした古典文学である。そして、現代でも親しまれている華麗な物語である。

 女主人公のかぐや姫に、婿候補が集うのが竹取物語。男主人公の光源氏に、妻や妾や不倫相手が集うのが源氏物語だ。

 この二つの物語の相違は、主人公が女であるか男であるかの違いというのではない。

 源氏物語に登場する数多くの女たちは、みな光源氏に気に入られたがっている。そして光源氏と関係を持ってからは、光源氏の浮気な態度にさえも、正直な気持ちをぶつけない。「忍耐が美徳」という、ちょっと前の「日本女性の鏡」のような態度をみせる。

 一方で、竹取物語に登場する数多くの男たちは、かぐや姫に気にいられたくて、難題を吹きかけられても、文句も言わず実行する。

 この相違は何の違いなのかといえば、社会構造の違いである。竹取物語は、女の実家の経済力と権力を頼りに男がプロポーズする(母系社会)を映している。源氏物語は、それがしだいに崩れ、次なる時代(武家社会=父系社会)への移行期であることを映しているのだろう。

 源氏物語の中でも、紫の上は、光源氏が女三宮という新妻を迎えいれた後に、「自分は愛という頼りのないものを頼りにしてきたのだ」と、愛の儚(はかな)さを認識する。

 愛のために自分を取り繕い、我慢する女――けれども、愛は手に取ることができない、不確かなものなのだ。その愛のために、女は様々なことを黙秘してきた。女の真実は語られてこなかった。_1_3

 男中心の社会の中で、男が求める女像が構築され、女もそれを否定せずに「いったふり」「男が求めるオナニー」「男まかせの受身女」を演じてきた。それが、すでに平安中期の源氏物語に見られるのだとしたら、女は長いあいだ我慢してきたものである。

 愛する男とのSeXで、もっと感じるために何が必要か?

 それは、女がSeXでもっと正直になって、自分の望みを男に伝えることである。

 たとえそれが、かぐや姫のような難題だったとしても、男は、その積極的な女の姿に女を惚れ直して、ハッスルしてその願望を叶えてくれるだろう。

 中でいけないというのであれば、男の前で正直な姿のままのオナニーを見せて、それから挿入すれば簡単だろう。小説の女のように、男が去った後に自分で自分いかせるより、もっと満たされた気持になれるのは間違いないことである。(百十一話『女の人生はオルガスムスで変わる』を読む⇒ここをクリック

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著者:岩崎 るりは

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