第百六話・ジャパニーズSeX『乳房の美学』しどけなく男を挑発するには?
女のすすり泣きが聞こえてきた。だから、男は中庭で足を止めた。そして縁側からあがって、廊下奥の座敷の襖(ふすま)をゆっくり引いた。そこは、この屋敷の妾の寝室だった。男は、襖の隙間に目をあてがった。
襦袢が大きくはだけ、むっちりとした乳房が見えた。女は麻縄で縛られ、布団の上で仰向けになっていた。胸で交差した縄が、乳房を紅潮させ、太腿に食い込んだ縄が、否応(いやおう)無しに女陰(ほと)を開いている。その女を、今まさに屋敷の主人が、無理強いしようとしているところだった。
男は息を殺して、中の行為の一部始終を眺めた。
すでに初老の主人と、若い妾。妾といえど、嫌で嫌でたまらないとばかりに、涙を流して堪えている。その様は哀れであり、だからこそ淫靡に見えた。
主人は行為を終えると、女を見下ろして、こう言った。「離れに住まわせて、綺麗なべべも着放題だというのに、貝を閉ざしたままいるから、こんな有様になるのだよ。まぁ、いいさ、そうやって、初めからお仕舞いまで泣いて通せばいいさね」
主人は、さっさと着物を羽織って、背後の襖へと消えていった。
女はカラダに縄をつけたまま、まだすすり泣いていた。男は何も考えなしに、襖を開けて、座敷へ忍び込んだ。
女は初めて泣くのをやめて、何事かと顔をあげた。男は、軽い身のこなしで女の横に行って、ささやいた「姐(ねえ)さん、なんて可哀想で、なんて綺麗なんだ」
「この、哀れな姿を美しいと?」女もささやいた。
「ああ、綺麗すぎてたまらねェ」男は、縄を解いてやろうと手を掛けた。
「待って、このままで」
「このままで?」
女は、涙で赤くなった目を瞬きして、『ウン』と返事をした。
男も、瞬きを一つして「ほんとに、いいのかい姐さん、俺でいいのかい?」
女は、もうひとつ瞬きをした。男は、女の乳房に手をあてた。そして、盛り上った乳雲を指の先で撫でながら言った。「前から、姐さんのことが気になってたんだ」
「私の何処が?」
「姐さんは、いつだって帯をしどけなく結んで、縁側で涼んでいる。だから、胸がはだけて見えて、俺は庭仕事しながら、姐さんに見とれてた……」
「私に惚れてるの?」
「そうさ、好きなのさ、姐さんが好きなのさ」
そう言って男は、女の乳首を噛んだ。女は、大きくカラダをのけぞらせた。だから、男は麻縄をもっときつく締めた。女は別人のように、熱い息を吐いて、身をよじった。
即興小説で、男が覗き見をして、最初に目に入ったところ、それは女の乳房だった。
乳房は、男を惹きつけるために進化した、人間のメスだけの特殊器官である。だから人間のオスが最初に見ても当然のことであり、でなければ進化した意味がなくなってしまう。
乳房は、今も昔も変わらず男を挑発してきた。たとえば、ロングセラー恋愛小説『源氏物語』でも、“乳房効果”を見ることができる。
光源氏が、若い娘『軒端の荻(のきばのはぎ)』を見るシーン。そこで『軒端の荻』は、白や薄紫の着物を、紅の袴の腰紐のところまで胸をはだけさせて着ている。光源氏は、『軒端の荻』の乳房を、あるいはその谷間を、しっかり目撃したのだ。(Photo/Furuse Model/Luliha)
『軒端の萩』は、色白のむっちりした美人だった。白や薄紫は、白い肌を、なおさらむっちり見せる色であるし、赤い色の腰巻は、加えて挑発的に見えただろう。
光源氏は、この『軒端の荻』を、別の女・空蝉(うつせみ)と思って、忍び込んで抱きしめる。そして別人と気がつきながら、性欲に負けて犯してしまう。先に、胸をはだけさせた、しどけない着物姿を目撃してなければ、起きなかった間違いかもしれない。
英国の避妊用ゴム製品メーカーのアンケートでは、「最もセクシーな特徴」として、男は乳房に強くこだわると云う、まったく当然の報告をしている。
男を惹きつける最大の武器、乳房。その乳房を美しく艶かしく見せ、なおさら挑発する着物。それを熟知してか、江戸の春画では、ほとんどすべてが着物を着たまま性合に興じている。
めったに着物を着なくなった現代。そのうえ武家風のきっちりした着付けと、プロテクターのような補正下着が流行し、なおさら「しどけなく胸をはだけて」男を挑発することが不可能になった。この着物事情と、現代のSeXレスの問題は、少なからず重なる部分もあるのではないだろうか。
日本伝統の「好色」を復刻させるのは茨(いばら)の道。そう嘆くよりも――
「せめて風呂上りのガウンがわりに、襦袢なり浴衣なりを着て、愛すべき男の視線を確かめてみてはいかがだろう?」と、日本の女たちに呼びかけたいものである。
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