第百二話・『ジャパニーズSeX』(後編)女に伝えたい「男をいかせる色香とは?」
抱いても、抱いても飽くことのない女。それが、自分が夢中になった真奈美という女だった。肌の感触にはじまり、自分の肉棒を包み込むヴァギナまで、一回一回、感触が異なっていた。真奈美の表情そのものが、そのつどそのつど新鮮だった。
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帯を解いて、だらりと肩を下げる姿。このしどけない姿が、ほんとうに艶(なまめ)かしく、男の性欲をそそった。はかなげでもあり、後ろから抱きしめずにはいられなかった。
しかし、いったん肌を合わせれば、しどけなさや、はかなさからは思いもつかぬ、淫乱で積極的に女になった。自分から体位を変え、そしてその合間に一物をしゃぶった。またあるときには、乳房に挟みこんで一物を揉んだ。四十八手というが、真奈美はそのいくつかを、自分からリードした。それらのことを教え込んだ過去の男のことを、チラと思った。しかし、それで嫉妬心が起きることより、別の男に抱かれる真奈美の姿を思うことで、余計に興奮することのほうが勝っていた。
SeXのために生まれた女ではないか……そう思うこともしばしばだった。そういう真奈美は、「一緒にいると、カラダが火照って仕方ないの」と言って、煙草を一服やっている男の前で、オナニーを始めることもあった。
オナニーをする真奈美、それは淫らで、あまりに美しかった。初めは胸元に手を入れ、乳房をそっと撫でる……その肩から着物が落ちはだけていった。そして裾の中に指を入れ花弁を開き、陰核を指で擦る……その裾が開いて、女陰が露(あらわ)になった。何にも例えがたい、美しくも淫らな過程だった。
カラダを合わせ最後の時がやってきたとき、真奈美はきまって「離れないで、中でいって」と哀願した。一緒に暮らすあてもない男に、身も心も捧げる様は、痛々しくも可愛らしくもあった。そして、事が終わって離れれば、花弁を白くする精液を拭(ぬぐ)おうともせず、「幸せ」といくどもささやいた。
ところが――
男が一緒に暮らしてきた彼女の方ときたら、目も当てられなかった。マグロの中のマグロ、カチコチに凍った冷凍マグロのようであった。もし、一物を舐めろと命じたら、「私は風俗嬢じゃないわ」と鼻をフンと鳴らした。もし間違って『オナニーを見せてくれ』とでも言ったなら、「変態男!」と殴られ兼ねなかった。
男は、仕事のパートナーであり、共同生活者である彼女と別れることは考えられなかった。けれどもまた、自分の性欲と男心を満たしてくれる真奈美を手放すことも考えられなかった。とはいえ、このままの状況が許されるとも思えなかった。男は、自分が、一人の女を選ぶしかない現代に生まれたことを、少しばかり不運だと思った。
すべての女が着物ですごしていた時代。女は二種に大別することができた。
カラダの筋肉を使う女、そしてアソコの筋肉を使う女、この二種であった。カラダの筋肉を使う女とは? それは武家の女であり、そして村で畑を耕す女であり、『地女』と呼ばれた素人女のこと、つまり商売女でない女のことである。
アソコを使う女とは、もちろん遊女のことである。
武家の女はたしかに、肉体労働はしなかっただろう。だからカラダの筋肉は使っていないのではないか? いや、そんなこともないのだ。武家の女の着物は、スジの通った、折り目正しい着姿でなければならなかった。これは、現代の着物文化に引き継がれた「正統派着物」であり、筋肉を常に張ってなければ、着崩れてしまう着物である。
遊女の着物、それこそが即興小説に登場する『真奈美』の着物であり、だらんと脱力した、しどけなくて艶かしい着物である。
カラダの筋肉を使う女たちは、当時の男たちにとって、恋の対象としての女には成りにくかった。現実的であり、あるときには政治的に結ばれた、そして生活のパートーナーであり、ロマンスを抱かせない女たちだった。
アソコの筋肉を使う女たちは、当時の男たちにとって、恋を謳歌することが許された女であり、理想の女であった。
筆者が、裸婦写真の被写体になって気がつくことであるが、着物で色気を表現するには、とにかく、筋肉すべての力を抜くことである。これは、洋装で表現する色気とはまるで正反対であり、その差異に驚かされる。
日本の伝統の色気とは、しどけなく、だらりと脱力した状態――つまり、アソコの筋肉しか使わなくてよい、遊女の美しさに由来するものらしいということを実感する。遊女は、武家女や町女のファションなど、流行のルーツになったが、女の色気のルーツにもなったようだ。
現代でも二種の女がいることはいるが、江戸時代のように、遊郭に通うことが自慢になるわけもなく、本妻一人に妾(めかけ)数人の同居が認可された明治時代でもないので、たいていの男は一種の女で我慢しなければならない。
となれば、女はいかにすべきか?
現実味のある女もしっかり演じ、その上で夜のお時間には、しどけなく力を抜いた、男に愛される女も演じる、この二種を使い分けることができれば、文句無しなのであるが……。
『SeX回数が最も少ない国』になってしまった日本の女と男。着物の時代を振り返ることで、少しはベッドで幸せになるチャンスも増えるというものだろう。(Photo/Furuse Model/Luliha)
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