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2007年11月

第九十五話・男に伝えたい「女をいかすには?』本能のままに

 女は、男と別れられずにいた。『一緒になる気がない男』だから、かえって別れにくい。そういうことにも、とっくに気付いていた。

 男には家庭があった。だから、自分に向けるものは『性欲』でしかなかった。満たされない男の欲望と寂しさ、そのはけ口として、自分を抱く。だからこそ徹底していやらしく、激しかった。

 カラダじゅうに痺(しび)れが走るほど、自分を深く強くいかせてくれた。オルガスムスで、自分をがんじがらめにする男。なんて、いやらしい男だと思ってみても、三日もすれば、知らずと抱かれたくなった。

 女は思った、男を、いやらしい動物だと思ったのは、何時のときなのかと。身近な処で、その「初めてのこと」は起こった。しばしば一緒に寝泊りする従兄(いとこ)とのこと、それが『初めてのこと』だった。

 休みといえば、母方の実家に泊まりにいった。そして三つ年上の従兄と布団を並べて寝た。そのときも、従兄と一緒に布団に横になった。大人が消えた座敷で、従兄が言った「女の子のアソコを見せて」

 女の子は、その従兄に素直に従った。従兄は、座敷をほのかに照らす小さな電気スタンドを手にして、布団に潜り込んだ……。

 次に実家に泊まりに行ったときにも、従兄は同じことを言った。女の子は、今度は「ダメ」と言った。そしたら従兄は「なら、お小遣いを分けてあげよう」と言った。女の子が迷っていると、男の子はポケットから小銭を出して、それを女の子の枕に置いた。

 女の子にとって、二百円はとても魅力的だった。だから、従兄に二つ返事をした。せっかくだからと、初めて自分から下着を下ろした。

 たったそれだけのことで、二百円ももらえるなんて、なんて簡単で凄いのだろうと思った。そうして、お小遣いが千円も貯まったとき、女の子は、急に不安になった。だから、次に泊まりに行ったときには、「お金はいらない」と断った。そうしたら、従兄はムリヤリに女の子を押さえつけて、下着を下ろした。

 女の子は、思わず声を出しそうになった。けれども『大人に知れたら叱られる』そう思って、手のひらで口を押さえた。『いやらしいこと』それはワクワクする楽しいことなのだと知った。

 女は、それは今も変わってなことだと思った。男はいやらしく、ただカラダが欲しいだけ。けれども、いやらしいからこそ、惹かれて離れられなくなる、そういうものだと思った。

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 女が女であると意識し、男が男であると意識する。そこから恋が生まれ、また性愛も生まれる。万葉集では、妹(いも)と背(せ=兄)として歌われている、女と男。恋人どうし、または妻と夫の呼び掛け方である。古代において、身近な人間どうしで小さな集落を作ったこと、さらに近親婚も行われていたことと無関係ではないだろう。ともかく、兄と妹が男と女の始まりということである。

初めは、ただの妹と兄。それが、ある日突然、性に目覚め、男になり女になる。

「大人の世界」は、大人が作り上げたものではなく、すでに子供の時に始まっていたのだ。大人の性世界。それは人間の本能が作った、古代から変わらぬ世界なのだ。

 女は、本能まかせにカラダを求める『いやらしい』男を、心のどこかで待ち望んでいるのだ。そういう男こそ、『いかせて』くれる。それを、女は本能で嗅ぎ取り知っているのだ。

 だから――男に伝えたい。女をいかせたいのなら、本能を隠すことなく余すことなく発揮して、徹底していやらしい自分を披露すること、それに限るのである。

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アンケート「裸婦写真に求めるものは?」芸術or刺激?

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コラム・女体写真に求めるものは?「芸術or刺激?」

妖艶? 媚態? 美体? アート? 魅惑の女体写真ですが、時代や見る人の心理によって、解釈は様々。(Photo/Furuse Model/Luliha)

というので――「るりは流・アンケート」を作成しました。(↓下、または右下のブログパーツの投票箱に一票をお願いします

男女別の答えにしました。二者択一しかできないのですが、どうぞ奮ってご参加ください。

一ヶ月後に集計を出しまして、それをもとに記事を作成し、ブログで発表したいと思います。

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※ただいま、本ブログから生まれる新刊本『ツルーセっクス(トゥルーセっクス)』の目次(全体構成)を制作中です★";"〃

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第九十三話・男と女に伝えたい「日本人のオルガスムス」一年に何回ベッドインする?

 女は、思った。もっと男に愛されたいと。いつも一緒にいるのに、心は通じ合っているつもりなのに、カラダが寂しくて仕方がなかった。慣れ親しめば親しむほど、夜の行為が等閑(なおざり)になった。『いまさら……』という気持が先に立ち、ときどき男が望むときだけ、ベッドの上でもお付き合いをする、といった感じだった。

 女は、だから、想像の世界で自分のカラダを楽しんだ。手足を拘束され、男に犯される場面。美しい女とお互いのカラダを楽しむ場面。いろいろなシーンを思い浮かべながら、自分のカラダを慰めた。自分で自分を慰めるのは、うっとりとして楽しかったし、確実にいくことができた。なのに――心充たされない、寂しいことでもあった。

 男にもっと、強く求められたいと思った。恥ずかしい行為をいろいろ無理強いされ、今まで味わったこともないような、快楽に浸ってみたいと思った。でも、それは叶わぬ夢。男はいつも優しく親切で、そしてベッドの上でも品良くおとなしかった。

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 英国の男性用ゴム製品メーカーの調査によれば、年間、どれだけ男女が交尾したか、その日本人の平均回数は、年間45回。週に一度の『お勤め』ということになる。これが多いか少ないか? 

 じつは、調査した世界41ヶ国中で、日本は最下位である。最も交尾をしていない国民ということになる。世界の平均回数は、年に103回(週に2回程度)。一位はギリシャの138回(週に2~3回)ということである。

 どうして日本の男女は、お互いのカラダを頻繁に求めないのだろう? 江戸文学に見るような、エネルギッシュなオルガスムス追求道はどこへいってしまったのだろう。

 ネット上での風俗の繁栄ぶりを見れば、男の性欲が薄らいだとは思えない。さらに、女は昔ながらの貞操教育も影を潜め、ヘソ出しルック、(あわや土手だしとも?)に見るように、より積極的で、開放的になっている。

 なのに――ベッドの上では愛し合わない女と男。

 生活そのもの、そして女として男としての夜の生活までもが、孤独な方向へと向かい、しかもエスカレートしてゆく現代の人間。

 人間を、動物として客観的に眺めてみれば、まず、女に伝えなければならないと思う。

 女に伝えたい――オスは、いつでも性的な刺激を欲しているのだ。女が悪女と化して、男を挑発し、ベッドに誘導してくれるのを心待ちにしながら、言い出せずにいるのだ。動物のメスとなり、カラダの思うままに、欲望を披露してほしい。

 そして男に伝えたい――自分を慰めるよりは、メスをぞんぶんに可愛がってほしい。そのために、ときには荒くれ男となって、半ば犯すように女を誘惑し、ベッドに倒して欲しい。ヴァギナは、去勢されたような、優しすぎの男には濡れないのだ。メスは、オスが思う以上に淫靡(いんび)な動物なのだ。本能のままに淫らなリクエストをしてくる男を、受け入れることはあっても、否定することはないだろう。人間の交尾は、遊びがあって初めて人間らしい行為になるのだ。女が心のなかに潜めている、淫らな才能を嗅ぎ取り、引き出してやって欲しいものだ。(Photo/Furuse Model/Luliha)

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著者:岩崎 るりは

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第九十二話・日本人のオルガスムス「女と男のベッドの満足度は何%?」

  女は、「いけない、今夜はやめよう」と、自分に言い聞かせた。就寝前の洗顔を済ませて、ふと鏡の中の自分に見入る。すると、ムラムラと、あの気持が湧き出てくる。あの気持――自分のカラダのシルエットを、卑猥な目で眺め、そして自分のカラダを慰めたくなる、淫靡(いんび)な気持。(Photo/Furuse Model/Luliha)

とっくに、パートナーは夢の中だった。一時間前に、パートナーとベッドインしたはずなのに……。どうして自分は、またメラメラとオルガスムスを追い始めるのだろう。パートナーのことは愛しているつもりだし、彼が求めてくる限りは、今夜のようにベッドのお勤めもこなしている……『お勤め』それがいけないのだろうか、だから、こうしてメラメラと自分を可愛がりたくなるのだろうか……。

女は煩悶しながら、それでも、ネグリジェの下のショーツの紐を解いた。そしてむき出しになった陰部を、鏡に映して眺めた。さらに花弁を指で開いて、サーモンピンクのヴァギナを鏡に映した。そうするだけで、じわじわと快感が込み上げてきた。花弁から蜜が垂れ、雫(しずく)が太腿に伝わり落ちた。たまらなくなって、ボディオイルを指先にとり、それをクリトリスから膣口へと塗りつけてた。『また、あの時間がやってきた』、そう女は思った。

あの時間――それは何物にも替え難い、自分だけの贅沢な時間。男本意でなく、自分の思ったように、自分のオルガスムスを心ゆくまで味わう時間。

指先が、クリトリスを激しく往復した。女は、身もだえして荒い息を吐いた。『もうすぐオルガスムスにたどり着く』、そう思える強い刺激が、繰り返しやってくる。到達する一歩手前で、我慢できなくなって、腰を引いてしまう。そして、また激しく刺激する。そうして、引いては近づきを繰り返す。このまま、どこかへ流されてもかまわない……そう思えてしまうほど心地よい時間を経て、いよいよ絶頂にたどり着いた。ヴァギナがズキズキと脈動し、頭の中が真っ白になり、カラダじゅうで「いった」ことを実感する、最後の瞬間。

“お勤め”では、そうはいかなかった。ヴァギナが強烈に脈動することはなかったし、頭が真っ白というのでもなかった。ただ、パートナーを射精まで導いたことに満足して、そこに愛があることで納得する。それだけのことかもしれないと、女は思った。とても寂しいことだと思った。愛があるからこそ、カラダが寂しいのだ、そう思った。

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日本のカップルの満足度は、25,7%(2006年シカゴ大学・世界29ヶ国の調査結果による)つまり、四組中三組が、満足できていないことになる。もちろん、この数値は日本が、世界最低であることを示している。前述した「女が中でいけない」その比率に、ぴたり重なる結果ともいえるだろう。

男は、AVで観た、あるいは風俗で経験した、『男にとっての理想の女性像』と、現実の女が一致することを期待する。しかし、そうはいかない。現実の女は自分本位であるし、そもそも女性器は気まぐれで、思った以上に鈍感だ。

また、女は、男がワイルドかつ優しく女をリードしてくれることを期待する。さらに、挿入による快感が、オナニー以上のオルガスムスをもたらすことを期待する。ところが、実際、動物としてのオスは、メス本位で消極的であり、メスの積極性を心の中で求めている。そして、挿入は膣を刺激するものであるが、女が最も感じやすい部位は、挿入してしまえば忘れられてしまう、外側のクリトリスなのである。

それにしても、なぜ、日本人は、世界最下位なのだろう。『古事記』を品なく言いかえれば“神々の繁殖の記録”となるし、『源氏物語』は“宮廷のエロ交遊記”となる。江戸の性風俗もしかりである。

それほどまで、性に開放的で、大らかに楽しんできた、『セクシーな日本人』は、どこにいってしまったのだろう……。『古き良きセクシーな日本人』を取り戻すために、どうしたらいいか? このブログで、そして著書で今後とも考えたいと思う。(Photo&Model Luliha)

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第九十一話・男に伝えたい「女のオルガスムス」女を独り占めにするには?

男は思った。最近の女の変わりようは、いったい何なのだろうと。食事に連れ出しても、以前のようなキラキラした瞳を見せない。何より、ベッドの中の表情が、イマイチ冴えなかった。肌を汗でしっとりと光らせ、悶えて悦んだ女。それが近ごろでは別人のように、クールになってしまった。

※ ※ ※

女は思った。頭の中では、先から付き合っている彼氏に誠実でありたいと思った。しかし、女の脳裏から、もう一人の男、一矢が離れることはなかった。恋人がいるとわかっていながら、半ば犯すように自分のカラダを楽しんだ悪い男、一矢。荒削りで、危険な男。なのに、病み付きになってしまう男。一矢とのベッドシーンを思い出すと、カラダが疼(うず)いて仕方なかった。彼氏との、品の良いベッドシーンしか知らなかった自分には、もう戻れそうになかった。

一矢は、女の中に隠された、性の欲望をとっさに嗅ぎ取った。女の中でくすぶっていた、「犯されてみたい」「いたぶられたい」という卑猥な気持に勘付き、強引にホテルに連れ込み、女の衣類を剥ぎ取った。そして、左右の足首、それぞれに紐をかけ、左右のベッドサイドに繋いだ。女は怯えながらも、強烈な刺激がカラダを熱くするのを感じた。左右に開かれた股間、そこに一矢の視線が侵入してきたとき、女は、もうそれだけでオルガスムスに身を震わせた。

_1_13一矢は、女を拘束し、いたぶったあげくに挿入した。女は、その刺激の強さに何度も正気を失いかけた。朦朧(もうろう)としながら、今まで味わったことのない悦びが開花するのを感じた。女は、絶頂に達した一矢の体にしがみ付いた。一矢は、その女の中でいった。彼氏にさえ許したことのない、膣内の射精。女は、それがどれだけ気持ち良いものなのか、初めて知った。

一矢に抱かれて以来、彼氏とのベッドシーンが“義務”を果たしているようで、味気のないものになった。しかし、女は、どちらの男を拒むこともできなかった。一矢でしか、オルガスムスに達することができなかった。けれども、一矢は、いつ、別の女に手にかけるかわからない危険な男なのだ。誠実な彼氏に、別れ話を持ち出す勇気もなかった。場合によっては、昼三時に彼氏とベッドインし、夜の七時に一矢とベッドインした。女は、自分が娼婦になったような錯覚に陥った。罪悪感よりむしろ、それが、このうえなく卑猥でたまらないものだと実感した。

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何人もの男に言い寄られ、すぐにNOともYESとも云わずに、気を持たせる女。古典の中なら、その典型は『竹取物語』のかぐや姫だ。男に難題を吹きかけ、死ぬような思いをさせながら、結局、月に旅立ってしまう。女には、たいへん受けの良い物語であるし、女なら一度は必ず、かぐや姫になってみたいと憧れるものだ。『源氏物語』との決定的な違いは、『竹取物語』はファンタジーであり、現実逃避の物語であることだ。

浮気は男の特権。このようなイメージは、男本意の社会が作り上げたファンタジーにすぎない。古典の時代から、女は、男を選り好みし、無常にも難題を負わせたうえで、それが叶わぬとカンタンに捨ててしまうのだ。それは、動物のメスとして見れば、何も特別なことではなく、むしろ当然の行為だ。一匹の発情したメスを、何匹ものオスが取り囲む。オスは、命がけで争う。そして、ようやく一匹のオスが受け入れられる。しかし、メスは、しばらく後には、別の魅力的なオスと交尾をする。

人間のメスを、一匹の人間のオスに縛り付ける――独り占めにするには、どうしたらいいか? もちろん、それは女を充分に「いかす」ことである。カラダが全てではないことを、女は知っている。知ってはいるが、それでも“病み付きになりそうな”卑猥な味わいを覚えたカラダは、容易にその男から離れられないのだ。繁殖と交尾を切り離すのに成功した人間のメスは、次々に男と交わるよりも、一匹のオスとのクオリティの高い交尾を望んでいるのだ。病み付きになりそうな卑猥なベッドシーン、それは女が、心のどこかで必ず望んでいることなのだ。

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猫のなるほど不思議学 知られざる生態の謎に迫る (ブルーバックス)

著者:岩崎 るりは

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コラム・女と男の性愛のギャップを埋めれば?

女のカラダ。ほんとうの女の姿。女の私だから書ける「ホントのこと」。女自身が、女を表現したくて、勇気を奮って、女の意思で撮影した女体写真。男が書いた女のカラダではないし、男が意図して撮った、男のためのヌード写真でもない。

女の本当の姿を伝えることで、もっと女は幸せな時間が持てる。もっと贅沢な時間を楽しめる。そう信じて疑わないから、本当のことを書くし、女体を表現する。

女は勘違いされている。男が生み出した、男のための性の知識のために、女はまったく別の生き物にされてしまった。だから、なおさら女と男の間に溝ができて、寂しい思いをしたり、悲しい思いをしたりする。

女の本当の姿を伝えることで、女と男の溝を埋めれたら。

女と男のギャップを埋めたら何があるか? 

そこには、真実の性愛があるはず。少しでも、真実「true」の性愛に近づくことができるはず。ギャップを埋めれば、『ツルーセっクス』にたどり着ける。

『ツルーセっクス/of Luliha ――女と男のギャップを埋める性愛の本』このブログから誕生する新刊本のタイトルにふさわしいのでは?と閃き、仮題とします。

『ツルーセっクス』るりはの一生ぶんの経験と知識と勘、そして女体を駆使して表現する、性愛の本です。(Photo/Fruse Model/Luliha)

(せっクス「っ=ッ」。禁止ワードのようですので、あえてココログ上では「っ」と表記します)

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猫だって笑う―100倍可愛くなる猫の教科書 (小学館文庫 Y い- 15-1)

著者:岩崎 るりは

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お知らせ・ブログの単行本★編集予定

今日も、私のブログを開いていただきありがとうございます。

昨日、本ブログから誕生いたします新刊本について、打ち合わせをいたしました。_1 (マガジン・マガジン内2Fカフェにて)

発売の「目標」は来年3月(あくまで予定ですが)これに向けて、全力疾走いたします\#ⅴ#/

内容は、実用的な記事として、ブログに未掲載の「東洋医学による性感帯を高めるツボマッサージ」(るりは流に名づけて『エキゾチック・ラブマッサージ』かな?)、さらには、「女のオルガスムスを高める筋トレ」(これも名づけ『るりは流・感じる筋トレ??”◎э◎)“』なども加える予定です。るりはは、じつは若かりし日には、陸上競技のトラック競技者「だった」のです。(「だった」と、今は昔の物語(θэё)ながら、競技歴10年のスポーツウーマンなんです。筋トレならおかませです。

下は担当編集の安西さん。優しい紳士。カメラを向けたら「照れるな……」とのこと。良い本をつくるには、編集さんのセンスと力が頼り。それに写真を使う本の場合は、デザイナーさんの力、さらには印刷屋さんの力も大きく影響します。ベッドの上でも、力を合わせたほうがエクスタシーは広がるけれど(??たとえが飛躍しすぎかな(θэё)本も同じなんですね。「人間は社会性動物」といって、一匹では幸せになれない、そういう動物なのです。

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右の写真は、じつはセルフで撮影した自作自演写真です。今後、このあたりの写真をどうするかなど……新たな写真撮影を行いながら吟味してまいります。また、進行について、楽しい情報をお知らせできますことを。十一月二十二日=^з^=るりは

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↓マガジン・マガジン出版・るりは既刊書

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著者:古瀬 惠一,岩崎 るりは

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★お知らせ★掲示板UPと撮影予定など

★メールからご声援をいただいた方。ミクシィの関連コミュニュティから質問をいただいた方。いずれもマジメなメッセージばかりでした。

このブログは、たいへん微妙なカラダの問題をテーマに展開しています。一人でウヤムヤなまま悩むよりは、このブログから解決策、またはヒントを導きだしていただければと思います。

もっと気軽にリクエストや質問、悩み事をお聞きできるものならと、掲示板を設置いたしました。右のリストから、掲示板に入ることができます。

るりは掲示板←ここからも入れます)

書きこみ内容が、人間普遍のテーマである場合には、客観化したうえで、ブログ中で答えさせていただきます。

★本日、新たな撮影を行います。なんと……テーマは自然風景と女体。寒さと対決する覚悟で取り組みたいと思います。(気合いだ!\#ⅴ#/)

★明日、本ブログの単行本化の打ち合わせを行います。出版の詳細を、後日お伝えすることができるかと思います。Img_0112

アクセスいただきました皆様に御礼ζ^э^ζるりは

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第八十五話・男に伝えたい「女は心で心を愛撫していかす」

女は思った。なぜ、男はあのように、体位や指使いばかりこだわるのだろうと。何も変化がないよりはいいが、だからといって、男がそのテクを自慢すればするだけ、ちょっと滑稽で子供じみて見えて、かえって快感が醒めていくようだった。男が、指南書を見ていろいろ自分に試してみたとて、挿入で「いけない」ことには変わりはなかった。もしかすると、男は女のために指南書を読んでいるとは口実で、自分のスケベ心を満たすために読んでいるに過ぎないのではないか?

はじめは言い出せなかったが、でも、思い切って言ったみた。自分が挿入でオルガスムスに達せないことを。その男の返事が、また興醒めだった「中でいけないなんて、俺のせいではないのだ。おまえのアソコが規格ハズレなのだ」と。内心、こんなことを言う男だから、満足に女もいかすことができないのだ、そう思った。でも、男はそれならと、指南書を何冊か買ってきた。そして、それらを自分を抱くのも忘れて、夢中で読みふけった。本末転倒と思いながら、少し期待して待ってみた。しばらくして、男は本の猿真似をはじめた。その結果が、なおさら興醒めだった。

中でいけない――挿入で、女がオルガスムスに達しない。このことを解決するには、何がてっとりばやいか? 体位も指使いも、工夫しないよりは、した方がいい。少なくても変化を楽しむことはできる。江戸時代には、この手の本がこれでもか、これでもかと出版されている。『表四十八手』、『色道知恵潤』など、いずれも、この種の本は、まずまずの売れ筋本になっている。その中で、しばしば取り上げられているのが『四十八手』であり、指使いであり、愛撫の仕方である。しかし、それが全てであって、だからそれで「愛を深める」ことができるのかといえば、それはイエスではないかもしれない。少なくても、女にはイエスとは言えそうもない。

性学の世界的ロングセラー書『カーマスートラ』そして、日本のロングセラーの愛と性の物語『源氏物語』と、江戸の性の指南書との相違は何か? この三つを比較するのは、飛躍しすぎと指摘されそうであるが、人間の愛と性について著したことでは一緒である。

江戸の性技指南書において、交わることが全てである、射精することが大前提である。しかし、女は男のようには射精しない。男が射精しようが、しまいが、女のオルガスムスそのものには関係ないことが多い。つまり、江戸の指南書は、一見「いかに女をいかせるか」ということをテーマにしたようで、じつは男本意の本なのである。だから男が想像して、楽しむには充分かもしれない。しかし、愛――心の交わりについては書かれていないのだ。一方、『カーマスートラ』は半ば道徳書ともいえ、男女のあり方、恋愛の仕方が書かれ、そしてそのついでに交わり方が書いてある。同様に、『源氏物語』がセクシーな物語であるのは、人間の心理を深追いしたうえで、きわめてムーディに夜の出来事を書いているからなのである。

そこで、男に伝えたい。江戸の指南書と、『カーマスートラ』や『源氏物語』との相違をイメージしてほしい。女にとって、交わることばかりが行為ではないのだ。女をいかせたいのであれば、技法に凝るのもいいが、それより心で心を愛撫するつもりで、愛していることを言葉で告げ、さらに淫靡(いんび)な話をゆっくり交わし、そこで充分にムーディになったところで(女が充分に濡れたところで)実戦に入るのがいい。淫靡な話、それが思いつかないのであれば、裸エプロンで珈琲を淹れさせてもいいし、SMがかった衣装をつけさせ眺めるでもいい。女を性技ではなく、ムードで濡れさせる。それから交わる。女をいかせたいのであれば、“急がば回れ”なのである。

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猫だって笑う―100倍可愛くなる猫の教科書 (小学館文庫 Y い- 15-1)

著者:岩崎 るりは

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第八十四話・女に伝えたい「男の夢とオルガスムスと想像力」

女は男を罵(ののし)った。男は、どうしてあのように、低俗な雑誌や動画を見たがるのかと。ただ、女優が股を広げ、性器を見せびらかしているだけの写真や画像。掃いて捨てるほどある、男のオナニーが目的の写真や画像。女には汚いだけで、それを見て悦ぶ男という動物を汚(けが)らわしく思うだけだと。

男は、その女を非難した。そもそも、性欲をお金に換える女がいるからこそ、風俗の世界は膨れ上がり、情報が氾濫するまでになったのだ。たとえば、迷惑メールの山を見れば、一目瞭然。それだけカラダを提供したがる女がいるということなのだ。なのに、世間の女は、それに男が挑発されることに目くじらを立てる。女はキレイぶっているが、ほんとうは欲求不満を取り繕っているだけのこと。男以上に、いやらしいことを求めているのが女という動物ではないかと。

とかく異なる、男と女の言い分。しいて男の言い訳をしてみれば、男のオナニーは、女が想うほど“下等”ではないということだ。男は、女と異なり、ただ性器だけの快感を求めているわけではない。そうでないからこそ、エロ雑誌や、エロ動画、そして一昔前のテレフォンセックス、今ならネットチャットがあるのだ。男は、女が想う以上に孤独に弱く、そして想像力をもてあましている。女に愛され優しく癒されたい。女にステキな男と思われたい。そんな甘い夢を持ちながら、でも『光源氏』ではない現実の自分の寂しさと戦っているのだ。性欲の中にも夢を持たずにいられないのが、人間のオスなのだ。だからオナニーする際にも、想像力を駆使しないではいられない。ただ、あそこの“穴”の画像でさえも、男は自分のペニスを挿入し、女を我が物にする心地よさを想像する。また直接的ではない、アートとみなされるエロティック写真の場合には、もっと複雑に想像力を働かせ、自分なりのドラマの中で性刺激を堪能する。

とはいえ、女だって想像力を使うこともある。オナニーする際はもちろん、男に抱かれている際にも、別のシーンを想像して興奮を高めることもある。しかし、男とは想像の頻度が異なる。女も想像はするが、物理的に気持良いこと、性感帯そのものの心地良さが優先する。男はそうはかない、脳で感じて気持ちよくならないと、性器は上手く作動しないのだ。

前述したように、江戸の男の性欲処理場である「吉原」で、文化、芸術、文学が数え切れないほど生まれた。それは、そこが男の性欲を刺激し、満足させ、そしてまた創造性を刺激し、発展させる場だったから、そう解釈しても、差し支えはないのだ。

夢を捨てきれない男は、できれば光源氏のように、次々にいろんな 女にチヤホヤされたうえで、次々に試食してみたいのだ。それは動物のオスとして非難されるべきことではなく、むしろ正しいものだ。しかし、現実の社会では、しょせん叶わぬ夢。一夫一婦制であり、恋人同士でも浮気はタブー。平安時代とはわけが違う。せめてもの男の夢のエロ写真であり、エロ画像なのだ。男のママゴトのようなエッチとでもいうべきか。 女は、カワイイものと、男を見逃すしかなさそうである。(Photo&Model/Luliha)

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ココログ内「るりはの着物エッセー」NEW!着物びより 

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猫のさとり―深訳DNA世界の般若心経 (SUN-MAGAZINE MOOK)

著者:古瀬 惠一,岩崎 るりは

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第八十三話・「女に伝えたい」男の求める女の美しいカラダとは?

男は思った。なぜ、女は、ああまで痩せたがるのだろう。何か違ってやしないかと。いったい誰のために痩せなければならないというのだ。これまでカラダの関係を持った女、そのたいていを思い出せば、流行のファションに身を包んでいるうちは、それなりになんとかなった。しかし、一度ホテルに誘い、シャワーをしてみたなら、失望することの方が多かった。女はカラダが全てではない、それはわかっている。しかしながら、男が女のカラダを愛するには、視覚刺激が大切なのだ。男とは明らかに異なる「肉感的な女の特徴を」見ることによって勃起するし、快感が持続し、女を悦ばせることに夢中になれるのだ。

ダイエットによって貧相なカラダを、なおさら貧相にした女。この場合は肌まで、やられていることが多かった。歳不相応に疲れた肌。艶のない肌に「女」を感じることができなかった。ダイエットで筋肉も脂肪も落とし、骨ばったカラダよりは、まだ太っているほうがなんとかなった。男には触覚も大事な性刺激なのだ。それこそ猫を抱いたときのように、柔らかな感触。マシュマロを口に含んだあの感覚があれば、男が男として刺激を受け、女をそれなりに悦ばせることもできるというものだ。

一番、困った女、もっとも息子が萎(な)えてしまった女は、補正下着の女だった。ワンピースを脱がせてみたなら、プロテクターのような酷い姿が現われた。酒の勢いとはいえ、誘ったのは自分なのだから、後には引けぬと、下着を脱がせようとした。しかし、ギュウギュウに肉を詰め込んだ金具を外すのに苦労しているうち、完全に萎えてしまった。そして出てきたカラダは、くくった紐を外したチャーシュー。とても食べられたものではなかった。この女はコンプレックス塗(まみ)れなのか、性格もひねくれていた。

カラダも良くて、性格も良い、そういう女と寝たことがないわけではない。そういう女は筋肉もまずまずあり、しかし感触は柔らかで、挿入した際のペニスの締め付けも最高だった。オルガスムスにも達しやすく、何度も絶頂に達してカラダをくねらせる様は、どんなエロテックアートより美しかった。しかし、仕事に忙しく少し間を空けたら最後、他の男に寝取られてしまった。さすがに男連中が、そのような「男好みのする女」を放ってはおくわけはなかったのだ。

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女に対する、男の美意識は時代によって変化してきた。また民族によっても大きく異なる。このことを日本の古典を引き合いに出すなら、『堤中納言物語』の『虫愛ずる姫君』がわかりやすい。本質的な内容については後述するとして、変わり者の姫君は、毛虫が大好きなうえに、眉を抜き取らず、鉄漿(おはぐろ)もつけない。眉毛があるまま、白い歯で笑う姫君を、男は「気持ち悪い、下品な女」として敬遠する。時代と民族――そのものを表現したような内容である。

とはいえ、民族的な美意識の相違は、世界的な情報交流により均一化し、人間のメスとしての特徴、豊かな乳房、ふくよかな尻、八の字のくぼみになったウエストというのが、まずまず“男好みの女”といえるだろう。また時代による好みの変化も、装飾品や化粧法など、外部を飾るものほどは、変わっていないことを、美術品の「普遍の女体美」から理解することができるだろう。

男が女を見るとき、動物として見る。このことを女は忘れてはならない。動物として見るからこそ、時代や民族を越えて、男が求める魅惑の「女のカラダ」は共通なのだ。男とは明らかに異なるカラダであること、それが男にとっては大切な刺激なのである。誰のために美しくなりたいのか、洋服のために? 女友達ために? それとも男のために? 本来、女の美しさは何のためにあったか――見られる動物として、オスを悦ばせるために進化してきた。それが「人間のメス」のカラダであることは前述したとおりである。そのことを思い起こしてほしい。男の美意識にかなった女のカラダ。それは「動物として正しく」、多少の筋肉があり、「女として正しく」、多少の脂肪もあるカラダなのである。そして、そのようなカラダこそが、ヴァギナを収縮させる筋肉も発達し、よって性の感受性も優れた「中でもいきやすい」カラダであることは、言うまでもないだろう。

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猫だって笑う―100倍可愛くなる猫の教科書 (小学館文庫 Y い- 15-1)

著者:岩崎 るりは

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第八十二話・女に伝えたい「男の恋心とオルガスムス」

男は思った。なぜ、世間の女はああまで現実的なのだろうと。世間の女、それは妻を含めた、自分と交わった素人(しろうと)女のこと。たしかに自分は男だから、女とやりたいことはやりたいのだが、べつにそれだけを求めているわけではなかった。仕事に打ち込むための、心のよりどころが欲しかったのだ。何より自分に夢を与えてくれる――恋心をドキドキさせるような、刺激剤が欲しかったのだ。なのに、いずれの女も、ベッドの相手だけはしてあげたわよと言わんばかりの態度をとった。妻などは、人前に出るときには美しく着飾っても、自分のために綺麗にすることなどなかった。視覚刺激で欲情する人間のオス。その性欲を鈍らせる動物、それが妻という女なのだと思った。

男は「だから、やめられない」と自分に言い訳をした。お金を払えば、自分に夢をくれる玄人(くろうと)女。そこで「ヤル」ためだけに、待っている女。平安貴族の女のように、それとも吉原の花魁(おいらん)のように、性交のためだけに一日を過ごす女。そのことを思っただけで卑猥(ひわい)で、そそられらた。そして実際に通ってみれば、男の心をあの手この手で満足させてくれた。ウソとわかっていながら、ついホンキにしたくなる言葉の数々があった。だからまた通ってしまう。妻と済ませばお金など必要ないのだが、でも、買った女だからこそ、オルガスムスを堪能したくなるのだ。

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玄人女といえば、遊女。遊女といえば、吉原を思い起こす。性文化が開花した江戸は、あらゆる文化を円熟させた。猫も例外ではなく、日本猫のスタイルは江戸に進化し、そして完成した。江戸は男の町であった。だから、廓は無くてはならなかったわけだが、とくに吉原などは、男の性欲処理の場というだけの処ではなかったはずだ。自由に恋愛ができなかった時代に、恋をしているのだと男に思い込ませるプロ集団の町、それが吉原ではなかったか。『和泉式部日記』の話で前述したように、人間は恋をすると、求愛活動として、特別の“さえずり”を持つようになる。平素にない繊細な感性、豊かな感受性をもたらすのが恋なのだ。

江戸の文人や画家たちは、廓を好んで題材とした。芸術ばかりか、ファッションも吉原で生まれた。それはなぜか? そこが日常から抜け出す場であり、恋をする場所だったからではないだろうか。

男が浮気をする。それは男ばかりが悪いのではない場合も多い。男の気持を理解しないまま、男と一緒に暮らす女。そういう女がいる限り、男の遊びはなくならないだろう。遊び――そこには、男の恋心をひきつけて離さない魅惑がある。男は、女が思う以上にロマンチストで、恋心を捨てきれずにいる。そして、女が卑猥な行動をするのを待ち詫びているのだ。

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猫だって笑う―100倍可愛くなる猫の教科書 (小学館文庫 Y い- 15-1)

著者:岩崎 るりは

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本ブログの単行本化・近況ご報告☆

今日も、私のブログを開いてくださり心から感謝いたします。

今後の予定ですが――近々に、写真の追加撮影を行います。その後に、打ち合わせを行いまして、本のタイトルや出版日などの取り決めを行います。(下写真は今夏の撮影風景より)

私としましては、一貫してマジメにテーマに取り組み続けているつもりです。しかしながら、使用する語彙などによってはココログの表紙やランキングから弾かれることも多く、その点をとても残念に思います。

こうして、今日も記事を更新できましたのは、変わらずこのブログを楽しんでくださる皆さんのご支持があってのことです。コメントやメールをくださった方々、そしてブログにアクセスしてくださったすべての皆様に「ありがとう」と、「今後ともご声援をお願いします」を申し上げます。=^ω^=             11月14日 るりは

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第八十一話・女をいかせる「艶かしい」ジャパニーズセックスの薦め

男が好きなもの。それはシースールーから見える女の乳首。スリットから見える女の太腿。着物の下のノーパンの股間。肉に食い込んだ紐パン。見えそうで見えない乳房の谷間。触れそうで触れられぬ女のうなじ。

一糸まとわぬハダカよりは、むしろ、覗き見感覚のヌードのほうを男は好む。見えそうで見えないから、想像して興奮するし、手が届きそうで届かないから美味しそうに見える。想像力を駆使して快感を味わう、人間のオスだからの性の好みである。そして、じつは女も、そのような状態を男に眺められることで、ビシャビシャに濡れるし、いきまくるのだ。

江戸春画においても、ハダカでセックスをするシーンというのは、めったにない。ほとんどが、男も女も着物をきて、肝心のところだけを出してのセックスシーンである。それはどうしてか? 日本家屋では、プライベート空間がなかったからかもしれない。遊郭でさえ、隣で「やっている」声に刺激されながら、自分らも励んだのだ。屏風一枚で仕切られた処で交わる、それがかえって卑猥で良かったのだ。もちろん、このような空間の問題ばかりではなく、着物だからの、ノーパンで速攻ということも大きいだろう。さらに絵画的に、着物をきてセックスしたほうが、淫靡に見えるという効果狙いもあっただろう。

着物が、いかに性的な衣類であるか、それは『裾張』(すそつばり)という言葉でわかるだろう。裾が広がること=好色で多淫という意味である。着物でするセックス、オナニーも含めて、すべて「艶かしい」という言葉がぴたりである。この艶かしいという言葉を、英語に訳そうとしても、適語が見つからない。セクシーが最も近く、しかしそれでは物足りない感じがする。

この「なまめく」を多用している作家がいる。それは『枕草子』を書いた清少納言である。貴公子の衣装スタイルから、猫の首を引く赤いリードまで、清少納言の「なまめかし」は巾が広い。それもそのはず、古語の「なまめかし」は、優美、雅やか、そのうえでセクシーであることを意味する。性文化が花開く江戸になると、セクシーが優先され、優雅が後回しになる。とはいえ、「なまめく」は、あくまで艶めくであり、ただHで刺激的ならそれでいいという、現代ポルノとは異なっている。

現代ポルノだけが、日本文化で異質というべきなのだ。ただ露出させて、ガンガンやりまくる。これは日本文化とは趣が異なっており、男を中心にしたスタイルである。女が中でいけないのだとしたら、現代ポルノに感化されて、男が女を勘違いしてしまったことに原因があるかもしれない。女は、男が好むポルノ映画の、どこがそんなに良いのか理解に苦しむことが多い。

艶かしい、日本人スタイルのセックス――ジャパニーズセックス。いやらしいが下品ではなく、優雅だが淡白ではない。そして、全裸というよりは、むしろ覗き見的な感覚で、性刺激する。ちょうど『源氏物語』のように、光源氏のベッドシーンを御簾越しに眺めることで、興奮して自分も濡れる。古代から受け継いできた、艶かしいジャパニーズセックス。それで女が濡れなくて、中でいかない、などということは有り得ないだろう。

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第七十九話・女が中でいくために・実践したい「ジャパニーズ・セックス」

  女には、一人になると、きまって男の書棚を開けた。書棚の奥には、男が独りで楽しむための、写真本があった。エロチックでいやらしい女の姿。ページをめくるたびに、露(あらわ)な姿の女が挑発する。その写真本を、女はソファに腰掛けて眺めるのが好きだった。見ているうちに、しっとり濡れて、たまらない気持になる。だから、次に女は「あの引き出し」を開けた。小さな引き出し――そこには、女の秘蔵の道具があった。ローションなど必要ないくらいに濡れていた。だから、ショーツを脱いで道具を挿入した。挿入しながら、写真本をめくる。すると、自分だけの甘い時間がやってきた。天国に逝きそうなほど気持良い。でも、ローターの音が寂しげに響いていた。

女は、愛液まみれになった道具を洗いながら思った。どうして、男は写真本を隠すのだろう。独りで、他の女のハダカを眺めて、自分で楽しむ。わかってはいるけれど、どこか悲しかった。女だって、綺麗な女のハダカを見て感じるのだ、濡れるのだ。ほんとうは男だけの楽しみではないのだ。「一緒に見よう」と、明るく軽く誘ってくれたなら……それなら自分も、道具を秘密にしないで、男に「私のカラダを弄んで!」と、可愛くおねだりするのに……。そうして二人で楽しめたなら、どれだけ感じることだろう。きっと挿入でもっと気持良くなって、中でいけるに決まってる。そして、男をもっと好きになるに決まっている。女はそう思って、ため息をついた。

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たしかにセックスは秘め事ではあるが、それでも日本では古来から「秘」というよりは「朗」といった感覚でとらえられてきたはずなのだ。『古事記』ならば、たとえば天宇受売命(あまのうずめのみこと)が、乳房をだし、女陰(ほと)を見せて、神々の笑いを誘うことで、心をリラックスさせて難問を解決するという場面がある。『源氏物語』にしても、宮廷での性行為を覗き見するという形で書かれたもので、フィクションとはいえモデルは宮廷内にあり、それを公然に発表し大ヒットしたのである。あけっぴろげで、明朗な精神がなければ、受け入れられなかったはずである。

江戸のエロ本、春画にしても、『笑絵』(わらいえ)という別の呼び名を持っている。これを見ても、日本でのセックスの扱いが、セックス=笑い=朗らか=リラックスであることが導き出せるだろう。

秘密も悪くはない。たしかに、それはそれで艶(なまめ)かしく、いやらしいものではあるだろう。けれども、セックスは、そもそもは一人でする行為ではなく、繁殖のために雌雄がする行為であり、やはり相手があって始めて、最高に気持良いものになる。セックスが、ここまで『秘』になり、孤独なものになったのは、文明開化以来のことなのだ。ちょうど「着物をもっと楽しんで」と、語りかけるのと同様に、「セックスを二人で、とことんいやらしく、そして過激に、じっくり楽しんで」と伝えたいものだ。せっかく、日本に生まれた、日本人なのであるから。

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第七十八話・女が忘れがたい男になるために「源氏物語の女の濡らし方」

  女は思い出した。唇のあの感触を。五年も前に別れた男なのに、まだ思い出すことがあるのは、あの感触のせいだ。「俺は、女を唇だけでいかすことができる」そう、自信ありげに言った。たしかに、ベッドでのセックスもそれなりに濃厚だった。そして存分にセックスをした後に、男は性交だけがセックスではないとばかりに、女の唇に唇を当てた。そうして微妙なタッチで女の唇を唇で愛撫した。性器のセックスのように強烈ではないからこそ、麻薬のように心地良さが持続し、女は何度もいった。

淫靡(いんび)な男だった。一日中セックスのことばかり考えているような男だった。だから嫌かといえば、そうでもなく、男の望むままに、快楽の世界に溺れ、蜜のような時間をすごした。男は、女を下着なしに外に連れ出すのが好きだった。男のコートを着た女。コート一枚だけで、その下は一糸まとわぬ裸体の女。その女をもてあそぶように、あちこちに連れ歩いた。だから女は、いつでも濡れていた。たっぷり濡れて、いつでも感じていた。そういう男から離れようとしても、なかなかカラダが離れられなかった。過去の男ではあるが、何かにつけて思い出す男だった。

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上記の即興小説の男は、現代版の光源氏とも言えるだろう。紫式部は、『源氏物語』の中で、とくに肌の感触、触覚にこだわって女を表現している。まさに、女の望む性世界を、再現したといえる。女の望む性世界――愛撫が、性交以上のオルガスムスをもたらすこと。さらに、紫式部は、色男である匂宮が、寒い冬の日に、恋人の浮舟を下着だけにしてすごさせる、という場面を書いている。女だからこそ描ける、女が濡れっぱなしになる、いやらしいシーンだ。

女は、猫と同様に「見られる動物」として進化してきたことは、前述のとおりだ。見られる動物である女は、とにかく男に鑑賞されるのが好きだ。卑猥(ひわい)な姿を男にさらすことで、たっぷり濡れるし感じまくる。そして全身が性器であり、性感帯である女は、男が思う以上に愛撫されるのを望んでいる。源氏物語にも描かれた、女が望む色男のテクニック、それを実行しない手はないだろう。たっぷり肌を愛撫すること。そして女をこの上なく卑猥な姿にして、それをじゅうぶん眺める