第三十九話・女も見たい女のオナニー
セックスシーンより、もっと刺激的で、魅惑的なものがあるとすれば、それは女のオナニーシーンだ。本来なら、相手のない虚しい行為であるはずなのに、男は執拗に見たがるし、じつは女も女のオナニーが見たいのである。
前述したように、ほかの動物もオナニーをする。水中生活者のイルカでさえもオナニーをする。しかし、どの動物も性器を擦って刺激するに留まっている。サルの一部は道具を使ってオナニーをするというが、いずれにしても、道具で性器を刺激するにすぎない。
ポルノ映画で観るオナニーシーンは、ただ性器をいじる、バイブを挿入するなど、サルのレベルの安直なものばかり。もし、女自身がオナニーシーンを演出するなら、念入りで凝ったオナニーをやらかすだろう。なぜ、ポルノ映画のオナニーシーンが安直で幼稚かといえば、これも前述したように、男が望む形で、射精する目的のために作られたものだから。男のオナニーは、気の毒にも、とても貧困で単純だ。“生の女”の代用品として映画や写真を見て、ペニスを擦すり射精を促す。映画は、男のオナニーを女に当てはめたものだから、あのような品のない幼稚なオナニーシーンが仕上がるのだ。
女自身が周到なオナニーを演出するなら、たとえば、室内のムードを整え、衣装と香水をそろえ、音楽を準備するだろう。そのうえで、ありとあらゆる手法を使ってオナニーの快楽をむさぼり尽くすだろう。これは決して夢想ではない。たとえば、江戸時代にみる張り型の豊富さ。女のオナニーが、貪欲きわまりないものであることを物語ってくれる。たとえその大方が、男を楽しませる「見せるオナニー」のための道具だったとしても、少なくとも女にはオナニーのバリエーションがたくさんあることを証明してくれるだろう。
ときどき勘違いしている男もいるようだが、女はこれっぽちも男のオナニーを見たいとは思っていない。よほど良い雰囲気になった場合、成り行きで一度くらいなら、男のオナニーを見てもかまわない――その程度しか見たくないのだ。何度も述べてきたが、女も女のカラダが見たいし、女のオナニーが見たいのだ。ただし、美しいオナニーシーンに限る。美しいカラダの女が、優雅で淫靡なオナニーをする。美しければ美しいほど、それを見た女は濡れるし、カラダがうずくのだ。
人間のメスは、オナニーに関して天才的だ。動物本来の人間のオナニー、つまりヴァギナを机の角などに擦り付ける行為。そして、男が望む形の(ポルノ映画のような)オナニー。そこから進化させた、自分なりの手法と、三種のオナニーをもつ。平素はヴァギナを擦り付けるだけのシンプルなオナニーをしている女でも、ほんとうに見たいのは、「進化させたオナニー」だ。乳房を揉み、それからヴァギナを撫でつけ、ラビアを開いてクリトリスを指で弄ぶ……。男に求められることで覚えたオナニーの手法を、アレンジしたものであり、それだけに優美で卑猥だ。
男は抜くために、女のオナニーを見る。しかし、女はイクために女のオナニーを眺めるわけではない。ただ、ただ淫靡なムードに浸りたくて、ずっと濡れていたくて、そして美しいものが見たくて、それで女のオナニーシーンを眺めるのだ。 (photo/Furuse model/Luliha)写真はクリックすると拡大します。
←クリックで女の本音ランキングへ(ランキング1位★ ) ★ブログ王
注)本ブログはオリジナルです。写真や文の無駄転載を固く禁じます。
★好評連載中★ケータイ小説・岩崎るりは短編集集英社theどくしょ←HPからバーコードでアクセスできます。
